【昭和の香り】がする押入れ

2025年11月01日

昭和の香りがする押入れ

押入れというのは、不思議な場所だ。 そこには“時代”が層になって眠っている。 防虫剤のツンとした匂いと、古新聞の湿った香り。 手を差し入れた瞬間、鼻の奥に昭和が入り込んでくる。 まるで、あの時代がまだ呼吸をしているかのように。 「古い押入れの中に差し込む光」

手探りで、時代をめくる

遺品整理の現場で押入れを開けるとき、私は少しだけ息を止める。 そこには、想像もしない「記憶の残骸」が眠っていることがあるからだ。 黄ばんだ封筒、昭和56年の新聞、使い込まれた茶筒。 封の切れていない年賀状や、子どもが描いた絵。 一枚一枚に、かすかに笑い声や生活の音が貼りついている。 モノを片付けているようで、実際は“時間”をほどいている。 押入れの中は、ある種の考古学だ。 発掘するのは土ではなく、人の暮らしの層。

捨てるか、残すか。それは祈りに似ている

「全部いらないから捨ててください」と言われることもある。 けれど、私は一瞬だけ手を止める。 たとえば、古びたちゃぶ台の角。 父親が毎晩磨いていたライターの鈍い光。 それらは“物”ではなく“温度”だと思う。 埃を払いながら、私はその温度を心の中に記録する。 片付けが終わると、部屋の空気が少し冷たくなる。 昭和の空気が、そっと抜けていくのだ。

おつかれさまでした、と時代に告げる

最後に空っぽになった押入れの奥で、私は小さく手を合わせる。 「おつかれさまでした」と。 それは誰に向けた言葉でもなく、そこにあった“暮らし”への敬意だ。 片付けは破壊ではない。 新しい生活のための、静かな発掘作業だ。 埃の中に残る、あの昭和の匂い。 それがまだ、どこかで私を支えている気がする。

整理人 岡田

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