
水に浸かった家の前で
2019年10月、台風19号。
会社としてボランティアで片付けのお手伝いに入りました。道路が茶色く濁って、どの家の前にも家財が積み上げられている。言葉が出ませんでした。
まず驚いたのは、重さです。
水を吸った畳は、大人4人がかりでようやく1枚。持ち上がらないのです。そして、いらないものだけを出すのではありません。水に浸かったものは、全部外へ出します。立派なタンスも、来客用の布団も、まだ一度も使っていないようなものも。
家の前にできた山は、普段私たちが扱う片付けの量を、はるかに超えていました。
その隣で
家主さんは、気丈に振る舞っておられました。
「ありがとうねえ」「大変でしょう」と、こちらを気遣ってくださる。ご自身の家が、そうなっているのに。
しばらく作業をしていたとき、その方が来られて、小さな声で言われました。
「下着は、女の人に見てもらえるかしら」
一瞬、分かりませんでした
すぐにスタッフを替えました。それはいいのです。
あとになって、ずっと考えていました。
あの状況です。家が水に浸かって、家財がぜんぶ外に出されて、これからどこに住むかも決まっていない。考えなければならないことが、いくらでもあったはずです。
それでも、その方が口にされたのは、そのことでした。
「ゴミ」にしてしまっていた
私たちは、あの山を「処分するもの」として見ていました。手早く、効率よく外へ出す。それが助けになると思っていました。
でも、あの山は、その方の暮らしそのものです。
タンスの中身も、押し入れの布団も、下着も。水に浸かった瞬間に「ゴミ」になったわけではありません。見ている側が、そう扱っただけです。
それから
遺品整理の現場でも、同じことが起きます。
ご遺族が「全部捨ててください」とおっしゃる。量も多いし、期限もある。こちらも早く終わらせたい。そうやって、手が速くなっていきます。
そのたびに、あの小さな声を思い出します。
言わない方のほうが、ずっと多いのです。気を遣って、言えない。だから、言われる前にこちらが考えなければいけない。
何が変わったか
劇的なことは、何も。
ただ、現場に入る前に、一度止まるようになりました。ここは誰の家か。この中にあるものは、誰のものだったか。
そして、女性のスタッフがいる日は、下着や衣類をそちらに回すようになりました。言われてからではなく。
それだけのことです。それだけのことを、あのとき教わりました。
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